韓国への一人旅を決めたのは、ずっと心にあった「新しい場所で新しい自分を見つけたい」という思いからだった。旅の準備をする中で、食べたい料理、行きたい観光地、そして自分と異なる文化に触れることへの期待は高まるばかりだった。一方で、韓国語が全く分からないことが心配だった。異国でのひとり旅は、言葉の壁を越えてどこまで楽しめるのか、自分自身への挑戦でもあった。

ソウル旅の2日目、ふと立ち寄ったカフェで、日本語が少し話せる韓国人の友人に出会い、会話を交わすことができた。その彼が、「せっかくだから現地の人とも交流してみないか?」と、彼の知人である女性を紹介してくれることに。約束の場所で待っていると、落ち着いた笑顔で私に手を振る彼女の姿が見えた。
彼女はソウルの伝統的なエリアに暮らす、明るく優しい女性だった。自己紹介をしようとするも、言葉が通じないもどかしさを感じながらも、彼女が一生懸命に私を理解しようとしてくれる姿に心が温かくなった。そんな彼女が「私の家で韓国の家庭料理を食べてみない?」とジェスチャーで誘ってくれたのだ。
「うわさのアテンドアガシなのか?」
友人に訪ねると『とんでもないよ』と(笑)
彼女の家は、シンプルで温かみのある韓国の伝統的な造りの家だった。扉をくぐると、漂うおいしそうな香りが私を包み込む。小さなキッチンで彼女が作ってくれたのは、韓国の家庭料理が並ぶ美しい食卓だった。言葉は通じないが、彼女は丁寧に料理を指さしながら身振り手振りで説明してくれる。「これはキムチ、これはチヂミ」と言った具合に、まるで母が子供に料理を教えるように。
食事をしながら、私たちは身振り手振りや笑顔で、どんどん心の距離を縮めていった。最初は、どうやってコミュニケーションを取ればいいのか戸惑っていたが、ふと気づくと、彼女との会話は言葉以上の意味を持っていた。言葉が分からなくても、スマホの翻訳アプリなども使いながら、笑顔や相手の仕草、そしてその場の雰囲気が、心を通わせる大切なツールになっていたのだ。
食後、彼女は家の古いアルバムを見せてくれた。そこには、彼女が幼い頃の家族の写真や韓国の昔の街並みが映っていた。指をさして家族の話をする彼女の顔には、愛情と懐かしさがにじんでいて、私もその温かさを感じ取ることができた。私は彼女の話をただ静かに聞き、うなずきながら共感の気持ちを伝えた。アルバムのページをめくりながら、彼女と私はそれぞれの文化や背景を超えて、共に過ごす瞬間に感謝していた。
帰り際、彼女は自分の作った手作りの小さなアクセサリーをそっと私の手に握らせてくれた。これが私にとっての旅の記念になると分かると、思わず胸が熱くなった。私は「カムサハムニダ」とぎこちなく韓国語でお礼を言い、彼女も「ありがとう」と日本語で返してくれた。