20年ほど前、まだ梨泰院(イテウォン)が今のような観光地というより、独特の異国情緒が漂う「大人の街」だった頃。エスコートアガシの全盛期でもあり、当時この界隈にはおよそ1000人近くのアガシが住み、ママと呼ばれる管理者も100人近くいたと言われていた。日本からの観光客も多く、それに比例してアガシ達の質も粒ぞろい。容姿・接客・雰囲気ともに、今とは比べものにならないほど洗練されていた。
当時はまだインターネットがそこまで普及しておらず、今のようにエスコートアガシの紹介サイトが乱立していたわけでもなかった。むしろ、限られた数の“ちゃんとした雰囲気”のサイトを頼りに、ママや紹介者を通じてアガシを紹介してもらっていた。個人のSNSもなく、どこか秘密めいていたからこそ、余計に期待も高まり、特別感があったのかもしれない。
あの頃、ソウルは今のようにカフェで溢れかえってはいなかった。市庁(シチョン)近くに、初めてスターバックスが登場したときは、「いよいよソウルも変わっていくんだな」と、時代の変化を感じたものだった。
最初に紹介してもらったのは、「ユリ」というグンジャドンに住むアガシだった。彼女は自分の車を持っていて、デート当日はなんとミサリまでドライブに連れていってくれた。ミサリと言えばライブハウスの多いエリアで、当時は今よりも盛況で、有名な歌手が飛び入りでステージに立つことも珍しくなかった。

店内はすべてボックス席で仕切られ、照明は暗め。人目を気にせずブビブビできる、いわば五感が研ぎ澄まされる場所だった。ユリとの距離が一気に縮まったのも、この空間の力が大きかったと思う。
そして、当時のミサリは交通の便があまりよくなく、深夜にはタクシーすら走っていなかった。そんな背景もあり、エリア内にはモーテルも多く、自然な流れでその夜はそのうちの一軒に入った。ユリとの時間は甘く、そして濃密だった。あの夜、全てが“初体験”だった。
振り返れば、あの頃の空気感、距離感、そしてどこか緩やかで、ちょっと危うい非日常の時間。今の便利で効率的なソウルにはない“余白”が、確かにそこにはあった。
やっぱり、昔はよかった
車でドライブしてくれるアガシも多かった
そんな言葉が、ふと漏れる夜が、今でもある。